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私たちは、「誰か」に認められることで
自分はこの世に存在してもいいのだと思えるようになります。
多くの場合は親から、無条件に存在を認めてもらえることで
そのような感覚を身に着けていきます。

ですが残念ながら、その親からの認めてもらう感覚を身に着けることは
思った以上に簡単ではありません。
親=子どもを愛するもの、と世間で当たり前のように思われていることが
実は常識ではないのだと、よく思います。

親からあからさまに否定されて、時に暴力を受けて育ったりする中で
無条件に自分がこの世に存在していい、と思えなくなる人もいます。
それはとても悲しく残念で不幸なことですが、ある意味わかりやすい理由でもあります。
自分がこの世に無条件に存在していい、と思えない人の多くは
見かけ上は、両親揃った家庭に育ち、愛されているように見え、本人もそうだと思い
ですが、その愛に「条件」があったために、
自分はこのままでいいと思えなくなっていることが多いようです。

「いい子でいるべき」「親の言うことは聞くべき」「いつも全力で頑張るべき」etc
社会の中で親に課せられている、「教育」を親が果たしていく中で
時にそれが必要以上に子どもを苦しめたり、子どもにとっての「毒」になるようです。
そしてそれは「あなたのために」「自分を愛してくれる親が行ったことだから」と
自分を苦しめている「親からの呪い」に気づかせるのを遅らせ、
なんだか息苦しいままになったりします。

誰が悪いのか、とは少し違う問題かもしれません。
親は親なりに、子どもを愛し、子どものためを思っています。
ですが、その「あなたのために」が時にボタンの掛け違いとなり
愛があったとしても、心をすれ違わせたりします。
最も近い存在である、家族。家族であることが時にとても難しいのが現実です。

「こうあらねば」「~でなくてはならない」「失敗してはならない」など
自分に課している、たくさんの「べき」が必要以上にあなたを苦しめるとしたら
それに気づいて、手放していく作業が必要かもしれません。
その価値観は、これまでのあなたには必要なものでした。
その価値観をあなたに与えた人は、あなたを大切にしてくれた人でした。
そうだとしても、この先の人生を「ラク」に生きるために
私たちは、何かを手放し、新しい価値観に書き換えていく、
そんな作業をしながら生きていくことが時に必要なようです。書き換えて、いいのです。

時々、自分を過剰に追い詰める価値観(~べき)に気づいてみませんか?
そして、その価値観を書き換える作業をしてみましょう。
完璧であらねばならない、強くあらねばならない、きちんとしていなければならない
人より優れなければならない、よくできることがいいことだetc
そんな価値観を、少し緩めてみましょう。
緩めるための、いくつかの言葉を紹介します。
ご自分にしっくりくるものを選んで、日々呟いてみてください。

  • 平凡であれ、平凡なことは大きな喜びとなりうる
  • いつももっとよくならねばではなく、人と同じでよい
  • 幸せに生きるのに、すべての人に認めてもらう必要はない
  • 失敗しても、自分のすべてが否定されるわけではない
  • 人間、そんなにいつでも頑張れなくていい、それでいい。
  • 誰にだって欠点はある。同じように、長所もある。
  • 世界中に嫌われることはかなり難しい、嫌われても、それはほんの一部の人
  • 認めてくれる人もいれば、そうでない人もいる。それでいい。