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ブログを書いていると、時々思いもかけない出会いに恵まれたりします。
見知らぬ方からメールをいただいたり、その中で心の通じ合えるやりとりができたり
仕事で始めたブログですが、有難かったり幸せだったりします。

「数匹飼っていた猫と別れてしばらく猫と暮らしていなかったのですが
ブログを見ているうちに猫愛が沸々と刺激されてまた猫と暮らし始めました」
そんなお知らせを頂くと、何とも言えずうれしい気持ちになったりします。
猫愛は私のベースとも言えるもので
(誤解のないように申し上げると、毛の生えた生き物はすべからく好きですが)
誰かに伝えようとも思わずに、ひたすら猫愛に生きている日々なのですが
「野口さん見てると、猫もいいなって思ったわ」
「飼うなら犬って思っていたけど、うみくん見ていて猫もいいなと思った」
などなど言われると、ん??布教するつもりはなかったけど猫愛が広がってる??
なんて、びっくりしたりもしています。

誰かに何かを伝えたい、わかってほしい。
そう思うことも、自分が心からそう思ってそう生きていないと伝わらないのだなと
改めて思います。
いいな、と思って学んでみたことも、「伝えたい」と思えるほどの何かが自分に沸かないと
伝えようと思えないものですし、話してもきっと伝わらないでしょう。
逆に、本当にいいなと思って楽しんでいるものや愛しているものは自然に伝わる。
伝えるというコミュニケーションは、言葉以上に「在り方」や「思い」が大切なのですね。

春は週に1度、看護学校の教員として奮闘中。
反応のうすーい学生さんに、どう授業に関心を持ってもらうとか
反応するのが恥ずかしいと思っている学生さんに、どうコミュニケーションを学んでもらおうとか
授業を軌道に乗せて学生さんと関係が築けるまでの時間は四苦八苦です。
今も四苦八苦している真っ最中なのですが、伝え方とともに教員としての在り方も
改めて振り返ってみたいと思います。